© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

We Jazz 2018 Report

フィンランド

Words by JazzProbe

2018.12.02-12.09 Helsinki, Finland.
All texts & photos by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe).

師走に入り、2018年もあと残すところひと月。年末感が漂い始める東京を離れ、今年もフィンランドへ向かった。約9時間半後、ヘルシンキ・ヴァンター空港へ予定通り到着すると、市内は昨年と同様に積雪はなく、幸いにもそれほど寒さを感じることはなかった。ホテルにチェックイン後、まずはクリスマスムード溢れるストックマンデパート周辺へ向かい、夏以来のヘルシンキの雰囲気を楽しんだ。なんとか閉店間際のカフェ・アアルトにすべりこみ込み、サーモンのキッシュ&サラダ、カプチーノで軽めに夕食を。
中心部のカンピ・ショッピングセンター周辺ではクリスマスマーケットを訪れる客で賑わっており、見慣れた風景がそこにあった。そして、いつものように必要な食材等を大型スーパーで買い求めてから翌日から始まるフェスに備える。

クリスマス・シーズンに入り街の至る場所でイルミネーションが温かく美しく輝く北欧フィンランド・ヘルシンキで、今年も恒例のジャズフェスティバル《WE JAZZ》が12月2日から9日まで8日間の日程で催された。 今年で6回目を迎え、いまやフィンランドを代表するイベントとして定着してきた《WE JAZZ》。ヘルシンキ市内に点在する大小10カ所以上の会場で国内外26のアーティストによりコンサートが行われ、今年は隣国エストニアの首都タリンでもライブが開催された。

2013年、かつてフィンランド国立オペラとバレエの本拠地であったアレクサンダー劇場で幕を開けた記念すべき第一回目から取材をしている筆者にとって、回数を重ねる毎に出演者のラインナップやライブ会場の特徴も含めて運営方法が充実してきている印象だった。

We Jazzは当初より、現代においての「インスタレーション」、「ユートピア」というキーワードからイベントの本質を捉えることができ、従来の「ジャズフェスティバル」の見方から徐々に解放され、日進月歩で進化するジャズの表現方法を体感できることを目指してきた。

オープニングナイトは、2018年に8枚目の新作『We Are All』(Edition Records)を発売したヨーロッパで最も人気のあるピアノトリオのひとつであるPhronesisと、ベルリンからPhilipp Gropper’s Philmの出演するステージに期待が高まる。
Matti Nives (We Jazz Artistic Director)

We Jazz 2018
© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

そして、《WE JAZZ》ディレクターであるMatti Nivesの開催の挨拶を合図に幕開けとなった。《We Jazz 2018》、最初のステージにベルリンからPhilipp Gropper’s Philmが登場。2012年結成のベルリンを拠点とするテナーサックス奏者Philipp Gropper率いるカルテットだ。60年代ジャズを踏襲し、モダンな手法と効果的なデジタル・フィーリングがサウンドの核となっている。

また、終始途切れることのない組曲のような壮大な構成には、ドイツの「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」のような景色をイメージさせたり、また非常に力強い爆発的な音のクラスターが迫ってくるパフォーマンスがライブに緊張感を与えていた。さらに、各メンバーのキャラクターを意図して書かれたという作曲法は、デューク・エリントンがそうしたように、少なからず好影響をもたらしていた。時折、ピアニストのElias Stemesederは曲によってシンセサイザーを使い分け、そのサウンド(深いリヴァ―ブやループなどといったサウンドエフェクト)が効果的に融合し、インタープレイの流れをも左右するアクセントとなっていたのが印象的だった。アンコールは小品ながらも、シンプルなモチーフをエネルギッシュに何層にも重ねて発展させていく構成はインプロビゼーションの極みだった。

We Jazz 2018
© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

Philipp Gropper’s Philm
Philipp Gropper – saxophone, Elias Stemeseder – piano & synths, Robert Landfermann – bass, Oliver Steidle – drums

初日の最後のステージを飾るのは、8枚目の新作『We Are All』を引っさげヨーロッパで最も人気のあるピアノトリオのひとつであるPhronesis(フロネシス)。日本国内ではペンギンジャケットが目を引く1枚目『Organic Warfare』(2007年)が復刻されリリースされたばかりだったが、個人的には『Parallax』(2016年)から注目して聴いてきた。

程良い緊張感のある雰囲気の中、リーダーであるべース奏者、Jasper Høibyのイントロから始まった。そのふくよかな音色は繊細で美しく、非常に芯があり、説得力もある。最新作を中心に繰り広げられる各プレイヤーの個性的なバリエーション豊富なアプローチが際立ち、自由奔放にドライブするインタープレイの質の高さを味わえるのがライブの醍醐味と改めて実感した。また、印象的なモチーフから繰り広げられる自由自在なインタープレイに、緩急のあるフレージングのダイナミクスと繊細さが同居する。例えば、パーカッシブなピアノに触発され、リズムセクションから醸し出される一体感は、緻密でパワフルであり、抜群に卓越した技術に裏付けされたものだ。また、ドラムのアントンのリズムパターンの豊富さには特筆すべきものがあり、留まることのないアイデアを披露したドラミングは見事だった。ベースのJasperは美しいフィンガリングで正確無比、堅実でクリエイティビティ溢れるサウンドを確立している。さらに、Ivo Neameのピアノはクラシカルな側面を生かしたパフォーマンスが見受けられた。このトリオがヨーロッパにおいて高いレベルで活動している所以となる点を数多く確認できたことは貴重な収穫であった。

We Jazz 2018
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Phronesis (DK/SE/UK)
Jasper Høiby – bass, Ivo Neame – piano, Anton Eger – drums

初日の興奮覚めやらぬ2つのギグで良いスタートを切った《WE JAZZ》。2日目 からは地元フィンランドのアーティストが出演をした。近年ヘルシンキの注目エリアとなっているカッリオ地区での2つのコンサート。同地区の人気のロースタリー、Good Life Coffeeを味わえる居心地の良いコーヒー店、Kahvila Sävy(カフェ・サヴィ)を会場に、80歳(今回の出演者で最高齢)を超えて、なお現役で活躍する伝説のフルート奏者Juhani Aaltonenとフィンランドのトップ・ギタリスト、Raoul Björkenheimのデュオを聴いた。Aaltonenはフルートならではの特殊奏法(グリッサンド、グロウル、ハーモ二クス、フラッタータンギング等)を用いた多彩なでニュアンスで、奏でられる音色はあたかも尺八のように聴こえてくる。また吟遊詩人の如く朗々と語るBjörkenheimのダブルネック・ギターとのインタープレイは間の使い方が絶妙であり、ヘルシンキに居ながらにして、日本の風土、情景が浮かび、詫び寂びの独特の世界観に近い雰囲気を感じられた不思議な感覚であった。

We Jazz 2018
© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

Juhani Aaltonen – flute, Raoul Björkenheim – guitar

そして、今回の刮目すべきライブのひとつでもある《WE JAZZ》のニュープロジェクト、Koma Saxoの初演が人気のクラブ「Kaiku」で行われた。ストックホルム、ベルリン、ヘルシンキでそれぞれが活躍する5人組のコンボ。作曲とプロデュースに携わっているのは、このプロジェクトのリーダーでベルリンを拠点に活動する、スウェーデン・ヨーテボリ出身のベーシスト、Frans Petter Eldh(今回、Y-OTISとENEMYでもプレイ)。そして、Fransと共に活動をし、初日のPhilipp GropperやドイツのRolf Kühn、昨年来日したフリージャズ・トンペッターのAxel Donner、またチェコのMiroslav Vitouš など有名ミュージシャンと共演もあるドイツ人ドラマー、Christian Lillingerがリズムセクション。彼らは、過去2016年の《WE JAZZ》に’Amok Amor’で出演も果たしている。

そして、この素晴らしいリズムセクションに北欧の3人の素晴らしいサックス奏者が加わった。《WE JAZZ》レコードからY-Otis名義でリリースするスウェーデン・ヨーテボリ出身でベルリンで活動するOtis Sandsjö(ts)、またスウェーデンMoserobieレコードのオーナーであるJonas Kullhammar(ts)は出身地から命名したNacka Forumや自己のカルテット、スウェーデンのGoran Kajfes(tp)率いるSubtropic Arkestra、またスカンジナビアのミュージシャンとも交流を盛んである。そして 、3人目はフィンランドの鬼才Mr.Eフラット、Mikko Innanen(ss,as,bs)。第一回目にはCecil Taylorトリオのメンバーだった伝説的ドラマー、Andrew Cyrilleとのデュオが記憶に残っている。国内外の様々なイベントはもちろん、自己のMikko Innanen 10+が《WE JAZZ》レコードからリリースされており、《WE JAZZ》には欠かせない重要なアーティストである。

全体の印象としては激しくアグレッシブ、メローで浮遊感のあるものなど、バラエティに富んだ楽曲を揃え、ホーンのアンサンブルを重要視しつつも、各サックスプレイヤーのアドリブをフィーチャーしたパフォーマンス。その核となっているのが、非常によく練られたアレンジだ。例えば、ホーンのテーマに加えハーモナイジング、アーティキュレーション等はプレイヤーの個性に合わせてよく練られたものとなっていた。さらに、超絶技巧を要するアレンジが熱気を帯びたパフォーマンスをより強く後押しした。

ライブでは3人のサックスプレイヤーのリーダーOtis Sandsjöの目を引く激しい動きを伴うアドリブが多くフィーチャーされていた。また、フリーキーに吠えるJonas Kullhammarのテナー、Mikko Innanenの体にズシリと響くバリトン、それに加えて軽やかにさえずるソプラノといったように、卓越したプレイヤーの持ち味が存分に発揮されていたことは、オーディエンスの誰もが認めるところであろう。

忘れてはならないのが、リズムセクションだ。ソロイストが自由になれるスペースを瞬時に与え、もちろん全体のノリ(グルーヴ)をキープしつつ、緩急を付けた独特のスタイルで構築していく流れは流石であった。時には、ドラマーが爪で背後の壁を引っ掻くといったアヴァンギャルドさも彼らの表現方法のひとつであり、エンターテイメント性もあるところが、このユニットの一味違うところで、新しい指向とサウンドを体感することができた。翌日にはWe Jazzレコードより今秋リリース予定のアルバムをレコーディングしており期待が高まるところだ。

We Jazz 2018
© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

Koma Saxo (SE/DE/FI)
Frans Petter Eldh – bass, Otis Sandsjö – saxophone, Jonas Kullhammar – saxophone, Mikko Innanen – saxophone, Christian Lillinger – drums

3日目に入り、さらに特筆すべきは、Johanna Sulkunen Sonorityによるエレクトロニカとヴィジュアルが融合したパフォーマンスが挙げられる。会場はヘルシンキの中心部より北に位置するオリンピックスタジアムを経由した先にあるレジデンシャル・エリアの一角のアパートの地下にあった。Akusmataと呼ばれるフィンランド初のサウンド・アート・ギャラリーで、30人も入れば一杯になる非常にこじんまりとしたスペースである。ユニットはコペンハーゲンを拠点に10年以上活動するフィンランド人Johanna Sulkunenのヴォーカル&エレクトロニックとヴィジュアル担当でベース奏者でもあるTapani Toivanenの二人。

パフォーマンスは2018年に発売された3枚目の最新アルバム『KOAN』からピックアップして行われた。その名が示す通り禅宗の禅問答の問題「公案」がタイトルになっている。禅とは仏教の修行のひとつで、その一派である臨済宗では修行の際、「公案」について考え、一段ずつステップアップして悟りを目指す。そして、そもそも「公案」は論理的に答えることのできない問題であるという。ヨハンナ曰く、2016年日本へ旅をしたのは寺院やその周辺での音源の録音が目的であり、その音源を使い、意図してボーカルなどのサウンドを電子的に処理して作りあげられたアルバムということだ。

彼女のベースとなっているジャズに加え、ポップ、エレクトロニカ、現代音楽などの要素も内包したユニークな体験となった。
言葉、擬音等といった断片的なモチーフから曲の骨格を徐々に構築しながら独特の世界観を作り上げていき、同時進行でステージ奥の壁に映し出される印象的なヴィジュアルがより一層、曲(素材)のイメージを膨らませるサポート的役割を果たしていく。
ヨハンナはコンピュータとデジタル機器のパッドに割り当てられた素材を使い、音の表情やピッチなどを自由自在に変化させ、予想のできない展開が次々と繰り広げられていく。

それは絵巻物を開くように右から左へスクロールするまで予想のつかない表現力で、コーラスとハーモナイズされたサウンドは、かつてスティーヴ・ジョブズが実践した仏教に由来したアメリカ生まれのZENの瞑想法「マインドフルネス」に酷似するような感覚だった。その表現力の素晴らしさは、まさしく論理的に答えることのできない「公案」のようであった。別の見方をすれば、そうした彼女による新発見の独自の言語と処理された声は、挑発的な公案としての禅問答のようにさえ聴こえてくる。
来日ツアー直後のJohanna Sulkunen Sonorityから日本文化を改めて考えされられる機会を与えてもらったのは驚きとともに幸運な時間でもあった。

We Jazz 2018
© photo by Atsushi Toyoshima (Jazz Probe)

Johanna Sulkunen Sonority
Johanna Sulkunen – vocals and electronics, Tapani Toivanen – visuals

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