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Photo by Tuukka Koski

Timo Lassy

フィンランド

Words by JazzProbe

Interview in September, 2021

「三位一体」、盤石なメンバーが放つストリングスを取り入れたデビュー作品

2021年、北欧の短い夏が終わりを迎える頃、偶然のライブ出演を発端としてコロナ禍で生まれたニューグループのデビュー・アルバムがリリースされた。2000年代以降のフィンランド・ジャズを代表する一人と言えるテナーサックス奏者ティモ・ラッシー率いるトリオの新しいプロジェクトだ。メンバーは長年、幾度となる共演を果たしてきた同世代で信頼のおけるミュージシャンで、当ウェブサイトでもインタビューしている経験豊富なベーシストのヴィッレ・ヘラッラ、そしてフィンランドの新世代グループのダリンデオやUMOジャズオーケストラ等、数多くのセッションで活躍するドラマーのヤスカ・ルッカリネンである。このピアノレスの編成は、1957年ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで初めて行われたソニー・ロリンズのライブレコーディング・アルバム『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』が真っ先に思い出される。「このトリオでは自分なりの演奏方法や創作活動など、まだ始めたばかりなので最終的にどういう形になっていくかはわからないですが、とにかく素晴らしいことです」とラッシーは言う。そして少人数ゆえ、楽曲中のスペースを埋めていく演奏をしなくてもいいこともあり、その分、アイデア、サウンド、エネルギー、スピリットを信頼していけば、リスナーのために考えるための余地を残すこともできるという。「パンデミックの時期は、私にとってかなり厳しいものでした。いま、完成した作品を聴いてみると、これまでの作品に比べて全体的にメランコリックなトーンになっているかもしれません」とラッシーは力強く語る。
アルバム・リリース後、忙しい夏のイベントをひと通り終えて、ようやくオフモードのラッシーにアルバムなどについてズーム・インタビューを行った。

ーーーこれまでご自身のティモ・ラッシー・バンド、テッポ・マキュネン(ds)とのデュオを経て、ピアノレスのトリオでのアルバムリリースとなりました。トリオ結成の経緯を教えてください。

「最初のきっかけは、ヘルシンキにかつて伝説的なクラブがあった同じ場所に造られた「アー二ヴァリ(Ääniwalli)」という会場で、コロナ前の2020年1月にWe Jazzレーベルのマッティ・ニーヴェスの誕生日パーティに彼の希望で、今回のメンバーでたまたま出演したことです。ライブは成功してとても刺激的な夜となりましたが、この場限りでのパフォーマンスだと思いました。この時は、アメリカから新進のドラマー、マカヤ・マクレイヴンのグループも出演していましたね。そして、2020年5月末にコロナ・パンデミックの行動規制から、トゥルクの「フレイム・ジャズ」が企画したイベントで大型トラックの荷台をステージに見立て、市内周辺の住宅街を数か所巡るホームデリバリー・コンサート(最大で10名限定)で音楽を気軽に楽しんでもらうという活動が決定的な分岐点となりました。その後、これまで今年3月末フィンランドのオウル・ミュージック・フェスティバルを始め、7月以降はヘルシンキ近郊のロンナ島でWe Jazz Odysseus、ユヴァスキュラ、ヘルシンキ・サヴォイシアターなど国内で約10回ほどのコンサートを行いました。」

ーーートリオではいわゆるピアノやギターなどコード楽器がありませんが、ベースがその役割をある程度は担うと思います。その影響かどうかは分かりませんが、特にメロディやフレーズでこれまで以上にアグレッシブなモチーフがプレイされていると思います。ご自身として新たな方向性を目指す、何か意図的なきっかけがあったのでしょうか?

「まず第一に、よりプロデュースされたアルバムを作りたかったので、単なるトリオというアルバムではなく、何か特色を見つけなければなりませんでした。ストリングスを加えたのはそのためでもあります。それから、素材はリフをベースにしたシンプルな曲が多いですね。ハーモニー的には、それほど高度で複雑なものではありませんが、その分、即興で創造する可能性が無限に広がります。なので、ライブを始めて間もないですが、とても自由に演奏できていると思います。」

Timo Lassy
Photo by Maarit Kytöharju

Oulu Music Festival (March 27, 2021)

2000年代初頭から日本でも人気の高かったザ・ファイブコーナーズ・クインテット(既に解散)のメンバーとして、往年のハードバップを主体とする北欧クラブジャズ、自身のバンドを率いてリッキーティック・ビッグバンドと共演したりと多彩な活動を経て、今回のトリオではストリングスを取り入れたアルバムで新たに視野を広げる機会を得た。しかし、この魅力的なアイデアには、金銭的な制約があったという。地元のクラシック演奏家では実現が難しかったが、最終的には、ハンガリーのブダペスト・アート・オーケストラに決定した。

ーーー楽曲について少し伺います。アルバムのうち、4曲でストリングを取り入れていますが、特に気に入っている曲はどれですか?理由も併せて教えてください。

「アルバム制作については、2020年夏に作曲に取りかかり、秋にはスタジオでレコーディングを始めました。そして、ストリングのレコーディングについては、2021年1月にブダペスト・アート・オーケストラへ依頼しました。ジェリー・ゴールドスミスやエンニオ・モリコーネなどの映画音楽を手がけてきた優秀なオーケストラで、トリオとは別に録音し、オーバーダビングすることになりました。特に気に入っているのは『Orlo』ですね。自分自身、フレーズなどについてはタフなチャレンジでしたが、上手くいったと思っています。」

ーーーちなみには、私はその『Orlo』がアルバムのキーとなっている曲だと感じています。
タイトルに込められた意味や狙いは何でしょうか?

「以前に訪れたことのある、アメリカ・ニューオリンズの意味もあり、またフィンランド語の「家族」の語尾という意味もあります。それから、イタリア語で裾という意味もありますね。先ほども、申し上げた通り、この曲はフレーズもタフで限界までチャレンジしたという点もあるし、ストリングを取り入れているので、最終的にダイナミックな形に仕上がったといえますね。」

ーーースタジオでのレコーディングも含めた制作過程で、これまでと異なったことなどありましたか。
また、カバージャケットと楽曲『Subtropic』について、このコンセプトを創り上げたきっかけは何だったのでしょう?

「パンデミックの時期は、私自身にとって少しタフだったこともあり、その影響のためか、これまでとは違ってメランコリックな雰囲気がアルバム全体に漂っていると思います。レコーディングについては、特にストリングスですが、現地ハンガリーに行かずにブダペストのアート・オーケストラが演奏した音源をスタジオ録音したトリオにオーバーダビングしていきました。双方の録音環境が異なるため、つまりオーケストラの広い録音スタジオ特有の奥行のあるサウンドとトリオの狭いスタジオのデッドなサウンドを、音質や音量レベルなどをトラックダウンして一致させるなど、なかなか調整に難しい部分もありましたが、なんとか満足なものができました。また、アルバムジャケットについては、We Jazzレコードのマッティと話していて、写真ではなくグラフィックがいいのではということになりました。ちょうど、ヘルシンキ中心部にあるギャラリー、ヘルシンキ・コンテンポラリーで展示されていた若手のアーティスト、イルマリ・ハウタマキの作品「Subtoropic」の写真を送ってくれて採用することになりました。そして、『Subtoropic』という楽曲は、「亜熱帯」が意味するように曲調やリズムがいわゆるスカンジナビア的ではなく、熱帯を思わせる雰囲気を持つ楽曲だったので、そのタイトルをそのまま付けることにしました。それに、たびたび訪れる、クロアチア・イストリアの温暖な気候や陽気な人々からもヒントを得たと思います。また、このアルバムのエンジニアでもあるパーカッションのアブディッサ・マンバ・アセッファが最終的に良いスパイスを付けてくれました。12月には、アルバム未収録の2曲が7インチ・レコードでリリースされますので、楽しみにしていてください。」

ストリングスを取り入れた代表作品といえば、50年代チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンがレコーディングした名盤があげられるが、それ以降、どの時代にも小編成のバンドとストリングスがコラボレーションするという似通ったリリースが続いた。それはいずれも、メインとなる一人のアーティストをフィーチャーするアルバムがほとんどである。そこでまず、ラッシーは意図的にピアニストを使わないことでストリングスを使ったクラシック・ジャズのようなサウンドを避けた。また、いくつかのトラックにはシンセサイザーが入っているが、コードを鳴らしているわけではなく、あくまで浮遊する感じのエフェクトに近いものにしたかったのだという。

Timo Lassy
Photo by Tuukka Koski

ーーーまた、プレスフォトで着用しているスーツの色が滅多に見ないホワイトですが、とてもよくお似合いです。夕日に映えて撮影された岩場のある場所も素敵ですが、よければ撮影の経緯など聞かせて下さい。

「ありがとうございます。撮影は5月末頃、スタジオとポルヴォ―の南部Emasaloという場所で行いました。現場では、初めにこれまでよく使っていたブラック系のスーツを試しましたが、スタイリストより提案があり、最終的にホワイトに決まりました。日没を待って撮影されたショットは素晴らしいものになったと思っています。ちなみにスタイリストは、ECMレーベルにもアルバムを残したフィンランドの伝説的ドラマー、故エドヴァルド・ヴェサラの娘のミントュ・ヴェサラで、いまも現役でトップモデルをされています。とても協力的な方なので、これからも良いコラボレーションが続いていくかと思います。」

ーーー予期せぬコロナ禍でのアルバムリリースについてはどういう思いがありますか?
また、今後このプロジェクトはどういう形で継続していくのが理想的だと考えていますか?

「アルバムとライブ(コンサート)は別プロジェクトという位置付けですので、アルバムはきっちりプロデュースされて作られたもの、そしてライブは即興性に富んだ演奏をするものと考えています。
つまり、ヤスカとヴィッレと3人で活動していこうという強い考えがあり、グループ名を「トリオ」にしました。この非常にライブ感のあるプロジェクトは今後も続けていきたいですね。いずれは、フィンランドでストリングスも入れたコンサートができるように、いま交渉しているところです。トリオという編成はインスパイアされることがあるし、とてもチャレンジし甲斐がありますね。」

ーーー2年前(2019年)に北欧イベントで来日の際、東京以外の場所にも足を運んだようですが、創作活動において刺激を受けたことなどありますか?

「これまで、ファイブコーナーズ・クインテット(2012年解散)のコンサートで何度も日本を訪れてはいますが、東京以外を旅するのはほぼ初めてでしたので、とてもインスパイアを得ました。
音楽というのは、何かに集中するという意味で瞑想に通じるものがあると感じています。
神社仏閣や竹林、日本庭園など訪れると同様の感覚を持ち、穏やかな気分になり自分自身と向き合っているように感じます。また、自分自身の内に秘めたエネルギーを感じることがありますね。これからも、日本で数多くの経験をしたいと思うし、それを与えてくれる日本の人たちに感謝しています。特に京都・嵐山の竹林や日本庭園から受けた刺激は今でも印象深く残っています。今後の作品作りに役立てられたらいいなと思います。」

この後、11月末より始まるクリスマスシーズン前の恒例イベント「We Jazz 2021」には、さまざまな音楽ジャンルのコンサートが行われるヘルシンキ中心部のライブハウス「タヴァスティア」に出演する。ロリンズのヴァンガード・ライヴでのアンダーグラウンド的な環境ではないとしても、ヘルシンキのライブの殿堂として名をはせる会場での歓声や拍手が生々しく観客の心に刻まれる歴史を生む1ページとなる夜になることでしょう。

Timo Lassy
Photo by Tuukka Koski


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