Songs to Comfort

Marie Mørck   デンマーク

Words by JazzProbe

© photo by Rebeca Buenrostro

ソフトでありながらも、ダイナミックで大胆、華麗さが同居する表現を持つデンマーク出身の新生ジャズ・シンガー、マリー・モルク。ジャケット写真からもその雰囲気が十分に伝わってくる。愛、失恋、人生など、身近にある全ての事をテーマとした2枚目となる本作『Songs to Comfort』でも新たなサウンドを探求し、シンガーのみならず作曲および作詞も手がける優れた音楽的創造性を発揮している。また新世代のシンガーとして遊び心を持った表現をそこかしこに聞き取ることができる。

マリー・モルク(1994年生まれ)は、デビュー・アルバム『フーリング・アラウンド』(2019年)で、グラミー賞に該当する『デンマーク音楽賞2020』の「ベスト・ボーカル・ジャズ」部門にノミネートされ、メディア、審査員より評価を得た。彼女の音楽はジョニ・ミッチェル、ビョーク、エラ・フィッツジェラルドなどの影響を受けた独特でユニークかつモダンなサウンドスケープを作り出している。

本作『Songs to Comfort』はオープニング曲「On My Way to Nowhere」から母国語で唄う「Midt i en Drøm」までの全9曲がキャッチーかつ大胆でバラエティに富んだ楽曲が並ぶ。また、歌詞はロマンティックなものからノスタルジックなもの、あるいはその両方を併せたものまでさまざまだ。そして、このアルバムを支えているのは、何と言っても広い声域と絶妙なヴォーカルから感じられる独特の存在感と細かい部分にまで繊細な表現の質の高さである。

オープニングは耳に残るベースのリフから快活なリズムに乗るジャズヴォーカルの醍醐味が堪能できる「On My Way to Nowhere」は女の子がある男性と出会って、すぐに惹かれ合うというラブストーリーで、素晴らしいホーン・アレンジと各楽器のソロをはさみ、スイングするピアノソロも聴きどころだ。

ゆったりとした心地良いボサノヴァ・フィールの「Days Gone By」では過去の恋を思い出すようなノスタルジックな雰囲気がしっとりと歌い上げられ、サックスのリフとのユニゾンを挟み、サックスソロでフェードアウトする。北欧の広々とした大地に吹く風を感じているかのような優雅なストリングス・アンサンブルが特徴的な「Different Beats / The Same Fire」、クラシックなモダンジャズを踏襲し、スローテンポでもしっかりと唄を聴かせる「You Got Me Addicted to You」では、愛がいかに激しく、または圧倒的に感じられるかを面白おかしく歌う。

ストリングのシングルトーンから始まり、終始ストリング・アンサンブルとのオーガニックな響きに癒される「I Mörkret(闇の中で)」はまるで教会音楽のようだ。スウェーデン語で唄われる神聖な印象で、誰しもが持つ心の闇の中の本音を吐露(懺悔)しているようにも感じる。「Song to Comfort」は、しっとりとした歌唱ながらも程よいダイナミクスが心に響き、抑えた歌心のトロンボーンのロング・ソロが華を添える。3拍子の軽快な「Never Will I Marry」は、独立した女性の自由と独身を選択することを唄うヴォーカルに、レスポンスする巧みなホーンセクションのアレンジが楽しめる。 「Secret Reverie」はベースとアコーディオンのトリオで奏でられるミニマルな表現を狙っており、幻想の中に生きる恋人同士の甘いラブストーリーが腑に落ちる。プランジャー・ミュートを付けた柔らかいコルネットの音色が印象的なラスト曲「Midt i en Drøm(夢の中で)」は、母国語デンマーク語で唄われ、個人的な回想を元にした歌詞が淡々と綴られる。アルバムを聴き終えた時にはリスナー各々が、マリー・モルクの『癒しの唄』を自分の心情に照らし合わせていることであろう。

© photo by Rebeca Buenrostro

レコーディングメンバーはデビュー作に引き続き、今年2023年のスウェーデンのグラミー賞にもノミネートされたスウェーデンで活動するエストニア出身のブリッタ・ヴィルヴィス(p)率いるトリオで、ヨン・ヘンリクソン(b)とヨーナス・バックマン(ds)が土台を支える。これまで中国、フランス、東欧、スカンジナビアでツアーを行い、多くの経験を共有してきた信頼のおける中堅ミュージシャンたちだ。加えて、前回に続きアコーディオン奏者、そして新たにスウェーデン出身で北欧で最も有能なコルネット奏者の一人トビアス・ヴィークルンド(2作目がスウェーデンの2022年グラミー賞にノミネート)がハンネス・べニッキ(as)、アグネス・ダレリッド(tb)のスウェーデンの若手有望株とホーンセクションを組む。さらにストリングス・カルテットが楽曲を豊かに彩っている。

北欧のピュアな雰囲気、サウンドとジャズの伝統を継承しつつ、コンテンポラリージャズを融合させた彼女の歌声は音域も広く表現に長けている。また音楽のジャンルを超えて、聴く人の心を揺さぶり、極私的な歌詞の世界も持っている。経験を積んでいく今後の活動に注目していきたい次世代のアーティストの一人であることは疑いの余地がない。

マリー・モルク/Marie Mørck (vo), ブリッタ・ヴィルヴェス/Britta Virves (p), ヨン・ヘンリクソン/Jon Henriksson(b), ヨーナス・バックマン/Jonas Bäckman (ds), トビアス・ヴィークルンド/Tobias Wiklund(cor), ハンネス・べニッキ/Hannes Bennich(as), アグネス・ダレリッド/Agnes Darelid(tb), ニコライ・ブスク/Nikolaj Busk(acc), ラッセ・モルク/Lasse Mørck(b. on track 8), パトリシア・ミア・アンデルセン/Patricia Mia Andersen(vn), グンヴァ・シム/Gunvor Sihm(vn), ナヤ・ヘルマー/Naja Helmer(vla), リウ・ヨハンソン/Live Johansson(vc)

リンク

On My Way to Nowhere
The Color Blue
Riga Jazz Stage 2018
Marie Mørck - Songs to Comfort

Marie Mørck
Songs to Comfort
Zack’s MUSIC 2023
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