New World

Martin Fabricius Trio   デンマーク

Words by JazzProbe

Martin Fabricius
© photo by Klaus Holsting

デンマークのヴィブラフォン奏者マーティン・ファブリシウスが、2007 年より活動するトリオ4 枚目のアルバム”New World”がリリース。

アメリカ・ボストンのバークレー音楽院で世界的に著名なヴィブラフォン奏者ゲイリー・バートンに師事。自ら開発した現代的な演奏技術を確立しており、今日最も重要なヴィブラフォン奏者の一人として評価されている。このアルバムには、パンデミックの最中に作曲された作品も含めて11 曲が収録。荒涼とした風景、神秘的な風景、列車の旅、美しいバラード、戦争、英雄、笑う時、泣く時などバラエティに富んだキーワードの元、そのイメージを体感できる。

オープニング曲”In Your Own Time”は、シンプルなメロディの美しさと複雑なリズムの世界に迷い込むように誘われる。左手の10/4 拍子の上にヴィブラフォンのメロディが乗り、穏やかながらも心地良い気分に浸れる曲。

“A much Needed Moment”は8 小節のコード進行が繰り返され、上下に弾かれるベース音が時計の振り子を想起させ、催眠術のように私たちを深淵で内省の境地へと導いてくれるような曲です。特にトリオの新しい技術的な進化、つまりビブラフォンのエレクトロニクス効果をより顕著に使用している。「ループをセットアップして、バックワード・ディレイとオクターブ・ペダルを使っている。オクターブ・ペダルは、ヴィブラフォンに深い低音を加える。こうすることで、ベースパートとメロディーを同時に演奏することができ、アンドレアス(ベース)は自由に他のことをすることができるんだ」とマーティンは説明している。

”Two of a kind”が力を抜いた軽快なビートと温かみのあるメジャー・キーで気分を引き上げてくれる。「ロックダウン中のある日、リビングルームのピアノのそばでこの曲を書いていて、当時3 歳だった息子がハーモニカを手にして、一緒に演奏し始めたんだ。3 歳の子供とこんなに充実したジャムセッションができるとは思ってもみなかった。音楽はエゴのない、簡単で楽しいものなのだと改めて実感し、とても強い絆を感じさせてくれました」と語っている。

続いて、ブルーグラスをモチーフにした4分の7拍子の曲”Beef no More”はダイレクトなタイトルが示すように地球環境への対応を示唆したもの。「この曲は、自分の子供や孫に残すために、自分のやり方を変えなければならないと気づいたときの困惑と、正直なところ、抵抗感を表しているんだ」。

先行シングルでリリースされた”A Very Good Man”は、作曲家の亡き父へのオマージュ。「非常に優れた人物を何人か知っていますが、私の父はその一人でした。この曲は彼の去り行く音楽です。エンド・クレジットが流れる中、地平線と夕日に向かって疾走していくのです」。私を含む多くのリスナーがこの曲を通して、各々の「ヒーロー」と過ごした様々な記憶に想いを巡らせ、最大の賛辞を送っているに違いない。

New World | Martin Fabricius TrioPhoto by Katja Trimpert

左より、マーティン・ファブリシウス(vib)、アンドレアス・マルクス(b)、ヤコブ・ハトルト(ds)

”First Train Out”は、ロックダウンされているときに書かれたもので、音楽と想像力があれば、好きなように旅ができることを示している。

スカンジナビアの濃いトーンとフレーズを取り入れながら、アメリカのブルースに新しい風を吹き込こむことを意図して作曲した”New World” 。ドヴォルザーク/「新世界交響曲」のコンセプトにインスパイアされ、青春時代の3 年間をボストンのバークリー音楽院で学んだマーティンが、世界の中で自分自身を見つけようとしていたことを回想してする。ここ最近の世界は善くも悪くも永遠に新しい変化をもたらし続けているように感じられる。

デンマークの田舎を車で走っていると、農民の石器時代から続く86,000 もの古墳が、青々とした丘に小さな王冠のようにそびえ立っているのを見ることができるという。”Our Land”は私たちが暮らす土地と、その土地とのつながりについて考えていて、ロシアがウクライナに侵攻した日にコンサートで初。「それはインパクトのある経験で、今ではこの曲とずっとつながっていると感じる」とマーティンは語る。

”mAnna”では、イスラエルの民が空から、神が作った超自然的なものだとされる食料「マナ」を献上される神秘的な聖書のシーンにタイムスリップすることができる。バークリー音楽大学で映画音楽を専攻していたこともあり、これまで30 本以上の短編映画、アニメーション映画、サイレント映画で使用されていることもあり、そうしたイメージから浮かび上がる映像を想像するのも面白い。そして、マーティンの3 歳になる娘、アンナの存在も大きいという。

そして、ヴィブラフォンの印象的なメロディとアグレッシブなアドリブに加え、三位一体のインタープレイが醍醐味の“Moving On”。パンデミックの霞から立ち上がり、新たな変化の時代がやってきつつある気配を感じる作品だ。

最後の曲”Old Words”はトリオの特徴的なサウンドである、深い静寂に包まれ、伸びのあるコントラバスの美しい音色とサスティーンの効くヴィブラフォン、繊細なシンバル表現が際立つ。「この曲は去年作られたばかりなのに、何故だかとても古い曲のようなんだ。何百年も前の曲かもしれない。痛みと愛の両方が込められているし、私たちから、あるいは私たちに向けて発せられた、決して消すことのできない言葉のようにね。愛しています、嫌いだ。この言葉は一生、もしかしたら何世代にも渡って私たちの心に残るかもしれません。この曲はそのような人たちを癒してきたのでしょう」。

マーティン・ファブリシウスの音楽を初めて聴く人は、このヴィブラフォンという楽器の新しい刺激的な演奏に耳を傾けていくと、たとえ小さく繊細なフレーズであっても、そのひとつひとつがダイナミクスと表情豊かな愛情で満たされているのを感じることができるだろう。

Martin Fabricius Trio
マーティン・ファブリシウス / Martin Fabricius(vib, electronics)
アンドレアス・マルクス / Andreas Markus(b)
ヤコブ・ハトルト / Jacob Hatholt(ds)

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