Midt i en Fremtid

The Black Nothing & Anders Filipsen   デンマーク

Words by JazzProbe

デンマークの作曲家・ピアニスト、アンダース・フィリプセン(Anders Filipsen)率いる10人編成のエレクトロ・アコースティック・アンサンブル、The Black Nothingによる4作目のアルバム『Midt i en Fremtid』。タイトル「Midt i en Fremtid(未来のただ中で)」は失われていく記憶への哀悼ではなく、「変化してしまった時間の中で、なお共有できる現在」を見つめる愛情深い音楽として構想された。その根底にはフィリプセンの父親がアルツハイマー病と診断された後、家族として向き合った数年間の経験がある。そうした重いテーマを扱いながらも、決して絶望を描く作品ではない。むしろ、失われていくものを受け入れ、その瞬間ごとに生まれる新たな関係性を慈しむ音楽である。即興と作曲、アコースティックと電子音響、個の表現と集団の響きを高い次元で融合させた本作はThe Black Nothingの芸術性をさらに深化させると同時に北欧の実験的ジャズの新たな到達点を示した意欲作といえる。

アルバムは10曲から成る組曲形式で構成され、それぞれがアルツハイマーと共に生きる日々の断片を描いた音のタブローとなっている。作曲された素材、フリー・インプロヴィゼーション、さらにはグラフィック・スコアを組み合わせることで秩序と偶然、記憶と忘却、明晰さと混乱が絶えず交錯する音響空間を生み出している。特にシングル曲「Nelly」は父親が最後まで保持していた記憶をモチーフとしており、時間が意味を失っていくなかでも残された「現在」の尊さを繊細な旋律で描き出している。

音楽的にはアヴァンギャルド・ジャズを核としながら、現代音楽、アンビエント、エレクトロニクス、さらにはフィールド・レコーディング的な空間処理までを柔軟に取り込み、ジャンルを超越したサウンドスケープを形成している。ヴォーカル、フルートやクラリネット、サックスなどの木管楽器、トランペット、チェロ、コントラバス、シンセサイザー、電子音響、パーカッション、ドラムスが有機的に溶け合い、それぞれの奏者の即興性がアンサンブル全体の呼吸のようなものとなる。静寂を積極的な表現として用いる姿勢は北欧ジャズ特有の余白の美学を継承しながらも、現代音楽の室内楽的な緊張感と実験精神を兼ね備えている。

また、本作ではメロディやリズムによる劇的な展開よりも音色の変化、反復、沈黙、微細なダイナミクスによって感情が描かれる。曖昧な和声がゆっくりと揺らぎ、即興演奏は記憶の断片が浮かび上がっては消えていく様子を思わせる。一方で電子音響は現実と記憶の境界をぼかし、聴き手を不安と安堵が同居する内面的な風景へと導く。そこには喪失の悲しみだけでなく、人と人が寄り添う温もりや、沈黙の中に宿る対話が静かに息づいている。

パーソネル

カリン・ヴィークストローム(Qarin Wikström – vo, effects)
イーミル・イェンセン(Emil Jensen - Tp, effects)
キャロリン・グッドウィン(Carolyn Goodwyn - as, cla)
イェッペ・ホイゴー(Jeppe Højgaard - as, cl, fl)
ソーマ・オールパス(Soma Allpass - vc)
ニルス・ボ・ダヴィッドソン(Nils Bo Davidsen - b, vc)
マッツ・イーミル・ニールセン(Mads Emil Nielsen - Electronics)
ヴィクター・デューブロ(Victor Dybbroe - per)
ビョルン・ヒーボル(Bjørn Heebøl - ds)
アナス・フィリップセン(Anders Filipsen - comp, synths)

The Black Nothing & Anders Filipsen

The Black Nothing & Anders Filipsen
Midt i en Fremtid
ILK Music 2026
INFO