Juniper

Linda Fredriksson   フィンランド

Words by JazzProbe

サックス奏者リンダ・フレドリクソンが、フィンランドのWe Jazz Recordsよりソロ・デビュー・アルバム『Juniper(ジュニパー)』をリリース。フィンランドのパンクジャズと称される3人組のモポ(MOPO)、サックス奏者をフロントに2人置くピアノレスの革新的なカルテットのスーパーポジション(Superposition)、フィンランドの主要なプロジェクトのメンバーとして参加するなど、近年高い評価を得ているアーティストの一人である。

ここ数年間、主にギター、鍵盤楽器、そして歌で作曲に取り組んできたという。アルバムには盟友のトゥオモ・プラッタラ(Ilmiliekki Quartet)のピアノやシンセサイザー、オラヴィ・ロウヒヴオリ(Superposition)のドラム、そしてミカエル・サースタモイネン(OK:KO、Superposition)のベースやエフェクトといったメンバーを核として、さらにミンナ・コイヴィストのモジュラーシンセ、ピアノにスウェーデン出身のマッティ・バイをフィーチャーした全7曲が収録されている。

本作を一聴して明確なことは、リンダによる非常に私的な思いを綴った「シンガーソング・ライター」作品である。一曲のみ導入部分でハミングしているが歌詞は付いていないため、純粋にはシンガーソングライターとは言えず、即興音楽を組み合わせた「インストゥルメンタル・シンガー・ソングライター」作品といえよう。しかし、繰り返し聴いていくとサウンドメイクの妙もあるが、リンダの心の奥に宿る肉声が穏やかながらも明確に訴えかけてくるのだ。アルバムは、スタジオ、複数の自宅、サマーコテージ、複数の作業スペースで制作され、iPhoneやラップトップ内蔵スピーカーでも録音されており、現代の非常にアーティスティックな手法や制作過程にも注目したい。

Linda Fredriksson
© photo by Iiris Heikka

Illustration by Sanna Hellikki Turunen

アルバムは、ファーストシングルにもなった「Neon Light (and the sky was trans)」で始まる。バックにしとしと鳴る音はへルシンキの作業場の裏手で降る雨をフィールド・レコーディングしたものであるという。シンセサイザーが作るやや重厚なハーモニーとベースのアルコプレイは雲が低く立ち込める空模様を表現し、そこにアルトサックスがフリーキーに咆哮し、むせび泣きながら不穏な雰囲気のまま音が消えていく。続く、アルバムタイトル曲の「Juniper」は 全体的にデッドでコンプレッシングされた音像が得体の知れないものに抑圧されたようなイメージを持つ。特にロウヒヴオリのドラムとトゥオモのシンセベースを主とするスピード感とエッジの利いたリズムアレンジを基盤に、オーバーダビングしたアルトサックスのカウンターリフに呼応し、縦横無尽に即興するリンダのバリトンサックスが力強さを増していく。「Nana – Tepalle」は、デジタル配信でのアートワークに登場するリンダの祖母に捧げる曲であり、大海原へ旅立った壮大な物語がフラッシュバックするかのような印象的なメロディがリフレインされる。オーバーダビングした2本のアルトサックスの憂いのあるメロディに続き、車に轢かれて文字通り穴だらけになったという古いアコースティック・ギターの細かいオブリガードが絡む「Pinetree song」は、夢見心地な気分に浸れる一曲だ。脈打つパルスのようにナチュラルにテンポフリーで進行していき、リヴァーブの効いたピアノとリズムセクションが奥行きをもたらしていき、美しくも憂いのある雰囲気に包まれる。フィンランドの森の中で体験、経験した心理的に影響を受けたさまざまな想いが募る「Transit in the softest forest, walking, sad, no more sad, leaving」。シネマティックなフィーリングで、全体的にさまざまな手法を駆使したミニマルなサウンドメイクとなっている。

唯一、リンダの肉声(ハミング)が聴ける「Lempilauluni」(フィンランド語で「私の愛する歌」の意味)では、アコースティック・ギターが再度登場する。そして、まるでユートピアの世界に佇むかのようなリンダを取り囲んで、温かいサウンドが奏でられる。最後を締めくくる「Clea」は、細かく刻まれるベース音が、空が見渡せる広い空間に置かれたロウソクの炎のように微妙なゆらぎを持ちながらボトムで鳴り続け、徐々にその炎が拡がるかのような壮大な印象を与える渇いたメロディ(空気)が空へ舞い上がっていって消える。

リンダのプレイは2014年現地フィンランドで冒頭で触れたMOPO(詳細は当ウェブのPeopleセクションの頁で触れています)で初めて聴いた。それは、ヨーロッパのジャズ関係者が一堂に会すコンファレンスのプログラムの一部としてのパフォーマンスで、華奢であるのに男勝りのバリトンサックスのパワーを持つ迫力に驚いた記憶がある。その後もMOPOがエレクトリックを多用したギグ、スーパーポジションや他のプロジェクトに参加するのを現地でインタビューなどを含め取材をしてきた中で、リンダのパフォーマンスと音楽性のクオリティの高さは私だけではなく誰もが認めるところだと思う。

そのリンダ・フレドリクソンが、実は性的少数者のため性差別があったことを告白している。そうした状況を乗り越え、新しい方法、安全な環境で何かを作りたいと考え、ギターとボーカルをベーシックに音楽制作を始めて生まれたのが『ジュニパー』だという。2021年国内外のメディアでインタビュー記事などが大きく紹介され、歴史あるタンペレ・ジャズハプニングやWE JAZZフェスティバルなどにも招聘された。また、フィンランドのグラミー賞である「エンマ・ガーラ」のジャズアルバム部門のほか2部門にノミネートされている2021年最も高く評価された国内ジャズアルバムとなった。

アルバムの影響は、ニール・ヤング、アリス・コルトレーン、ファラオ・サンダース、エリック・ドルフィー、イロ・ハールラなどがあげられるが、本作はアメリカ・ミシガン州出身のスフィアン・スティーヴンスのアルバム『キャリーとローウェル』(2015)に最もインスピレーションを受けて出来上がったという。実母キャリーの病死に際して制作され、母親と継父の名を冠した2015年の最高傑作と評されるアルバムだ。

『ジュニパー』は、シンガーソングライターの作品にあるように、デモ制作されたものがバンド全体に持ち込まれ、初期のデモのミニマルな形となって再現された。また、リンダは自分の音楽をジャズではなく、即興音楽と呼ばれたいと感じており、「自分の音楽をどのジャンルにも当てはめないのが一番良く、自由な言葉で、ありのままの自分でいいんだと思う」 と語っている。2020年代のパンデミックの副産物として生まれた類稀なアーティスティックな即興音楽性とフォーキーなシンガーソングライティングの自由な発想が巧みにブレンドされた上質のリビングルーム・ミュージックに仕上がった。

Linda Fredriksson
© photo by Iiris Heikka

リンダ・フレドリクソン / Linda Fredriksson (s, g, p, vo)
トゥオモ・プラッタラ / Tuomo Prättälä (syn, p)
オラヴィ・ロウヒヴオリ / Olavi Louhivuori (ds)
ミカエル・サースタモイネン / Mikael Saastamoinen (b)

リンク

Nana – Tepalle
Pinetree Song
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We Jazz Records 2021
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