BABEL

Mark Solborg   デンマーク

Words by JazzProbe

© photo by Peter Ganushkin

タイトルである『バベル(Babel)』といえば、ブリューゲルが16世紀に描いた『バベルの塔』、2000年代のアメリカ映画『バベル』、はたまた日本の70年代アニメ『バビル2世』を思い浮かべる。『バベル』とはギリシア語表記バビロンで知られる古代メソポタミア都市旧約聖書におけるヘブライ語表記で、本来、アッカド語で「」を意味したが、旧約聖書では「混乱」を意味するとの神話解釈が与えられているという。

そして、『BABEL』は、バベルの塔の神話が出発点になっており、私たちが一般的に知る、人間は空に届くほど高い塔を建てたいと願う反面、その傲慢さは神によって罰され、人間の言語を複数の言語に分離し、結果的にコミュニケーションを妨げたということにつながっていく。

デンマーク人の父とアルゼンチン人の母という多言語のバックグラウンドを持つ、本プロジェクトのリーダーでありギタリストのマーク・ソルボーは、世界の国々で言葉や慣用句、母語がいかに私たちの自分自身に対する見方や、周囲の世界との共鳴の仕方と深く結びついているということをこれまでに経験してきた。『BABEL』では、継続的な異文化間の人道的議論について調査し、説明し、認識を高めようとしているが、私たちの社会や種が抱える課題を解決するためには、この対話がますます重要になってくるという。また、この包括的なプロジェクトでソルボーは、創造的な作品作りのための方法とツールを開発したいと願う。そして、広範な芸術的研究とピアノなどアコースティック楽器と相互に呼応し主導していくギターのモダニズム・スタイルが同居した音楽空間に対する意識の向上も生んでいる。

この新たな試みでは、スカンジナビアで活動する素晴らしいミュージシャンたちが参加する。ストックホルムを拠点とし、主に即興演奏を得意とするポルトガル人のスサンナ・サントス・シルバ(tp)、イタリア人でコペンハーゲンを拠点とするフランチェスコ・ビゴーニ(cl)、デンマーク人のアンダース・バンク(reeds)、シーモン・トルダム(key,p)、長年の共同制作者のピーター・ブルン(ds)。そして、多言語で話す18名のヴォイスが加わっている。豊かな音楽のテクスチャーに溶け込み、温かくユニークな寓話のサークルを作り出し、これまでに聴いたことのない現代の新たなジャズに浮遊する多言語の会話が飛び交う。

なお、本作は毎年2月にデンマーク・コペンハーゲンで行われる『ヴィンター・ジャズフェスティバル2023』で初演されている。『BABEL』では現代の室内楽の文脈における声としてのギターに関係する前作『TUNGEMÅL』 (イディオムまたは母国語を意味する) のプラットフォームに基づく。

アルバムでは、フランス語で始まり、続いて多言語が重ねられる「インタールードNo.1」に続き、同じように「No.2、No.3」で音楽的には、楽曲の一部に明確なモチーフとなるメロディを据え、さらにその流れの中で即興によって生まれた断片的なリフが現れては消えていく淡々とした流れの中でストーリーを奏でる類の現代音楽の形態を取っている。

6つに分かれた楽曲は一連の流れで聴いていくのも良いし、各曲の個性が非常に強いため、独立させて聴いていっても良いだろう。収録曲「インタールード」群には、バベル・クワイヤーと称された、世界から18名が参加。予め用意された質問に対して、デンマーク語を始めとする世界14ヶ国語(フランス語、ドイツ語、デンマーク語、ヘブライ語、フェロー語、日本語(jazzProbeの一員が参加)、英語、ノルウェー語、フィンランド語、ペルシャ語、スワヒリ語、スペイン語、イタリア語、エストニア語)が登場し、自由自在に国境を越え交わる。アルバムでは各プレイヤーがディクタフォンというツールを操作し、多言語を自由自在に即興演奏するという面白い試みをしている。このツールを再生し、巻き戻し、早送り、停止ボタン、そして制約があるもののスピードボタンを操作して即興演奏する。不思議なことに、様々な音楽的処理がされているため、バベルの塔の住人が囁いてるかのような雰囲気を醸し出している。ただ、どの言語(話者)を誰が操作しているかというクレジットがないため不明だが、アイデアのひとつとして非常に興味深いものだ。

こうした様々な方法から生まれた、一見すると複雑な要素を含む音楽は、深い洞察力が必要とされるかもしれない。しかし、時間をかけてマクロ的、そして次にミクロ的に耳を全方向へ解放し空想していくと、おぼろげながらも何かしらの映像が見えてくるはずだ。そのぼんやりとしたものが、やがて輪郭のある形に近づいてきた時、初めて捉えることができるのかもしれない。そこには、即興性、抒情性、多面的な寓話の世界などが存在し、聴く度にアルバムの持つ独創的な魅力は尽きないだろう。

アルバムの制作にあたって、レコードの仕様にも拘りがあり、厚手のジャケットの中身は、写真やアート、実際にモチーフとなる楽譜に加え、本アルバムの核となる18名が話す内容が各言語で掲載された豪華なパッケージとなっているのも特筆すべき点だ。

スサンナ・サントス・シルヴァ (Susana Santos Silva – tp & tape)
フランチェスコ・ビゴーニ (Francesco Bigoni – cl & tape)
アンダース・バンク (Anders Banke – bcl, cl, alto fl & tape)
マーク・ソルボー (Mark Solborg – g & electronics)
シーモン・トルダム (Simon Toldam – p, keys & tape)
ピーター・ブルン (Peter Bruun – ds, per & tape)

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